皇太子殿下北海道行啓・明治44年 ③
(皇太子殿下北海道行啓・明治44年②より続く)
九月二日御旅館御出門、師團にては皇禮砲を放ち、午前五時五十七分旭川驛御發、釧路に向はせられたり。
途中下富良野驛に御停車、奉迎者頗る多かりし。
尚ほ長官より東北帝國大學農科大學第八農場及び沿道に於ける東京帝國大學農科大學演習林に關し、言上する所ありたり。
此日甘露寺東宮侍從を旭川町北鎮尋常高等小學校及び旭川第五尋常小學校へ差遣はされたり。
第二節 御歸途再び御巡啓
皇太子嘉仁親王には、九月四日釧路より御歸途午後五時二十分旭川驛御着、馬車にて御旅館偕行社に成らせられ、師團は皇禮砲を放ちたり。
夜師團にて矩火行列を催ほし、人員約八千人、將校は乗馬又は徒歩にて提灯を携へ、下士卒は矩火を持ち、歩武整然御旅館に至り、庭園を巡り、近文臺千代の山に至り萬歳を三唱し、壮観を極めたり。
同月五日御旅館御出門、師團にては皇禮砲を放ち、午前九時三十五分旭川驛御發、室蘭に向はせられたり。
同日室蘭御着、七日門別御着、八日新冠御料牧場へ御着あらせられたり。
尚ほ同月十日道廳其他へ、左の如く御下賜の御沙汰ありたり。
(小文字記載省略)
斯て九月十一日新冠御發、門別御着。
十二日室蘭御着。
同日御召艦香取に御移乘、音羽艦供奉室蘭御發、横須賀を經て、十四日東京に還啓あらせらりたり。
(「旭川市史稿・上巻」昭和六年十二月二十八日・旭川市役所発行より)