北澤楽天「楽天全集」②
「樂天全集に就いて」
由来ゆらい、全集は其その筆者の死後、又は逸隠いつゐんの後に於て編纂さるべきものと信ずるので、全集流行の折柄おりから度々慫慂しようようを受けたが遂に應じなかつた。
然るに舊友アトリエ社主北原君が私の外遊中から頻りに樂天全集の編述を勸められ、歸朝後も過古三十餘年斯道に盡し日本の漫畫のエポツクを作つた、その記録を世に殘すのは甚だ有意義であることを説かれたので、菲才敢て當らずとは思つたが誰もやつた彼もやると聞いて少々色氣が出て急遽編纂に着手したが、何分にも原畫の大部分を散逸してしまひ、印刷物からの複寫では到底優秀な原版は作り得ないから、殆ど全部を手寫することになつたので、豫期以上煩瑣はんさな仕事になつてしまつた。
舊稿を閲簡するに當り宛も醜婦の鏡に對するが如き感があつて漸汗ざんかん背を霑うるほした。
然しこれを類別して十二巻とするに一種類少なきも數百稿、多きは三千餘稿を纂するので意に滿たぬものは惜氣もなく之を捨て、嚴重に校覈かうかくして永久的の生命あるもの、或は微笑を禁じ得ぬものなどを輯めて巻を作つたのであるが怱忙そうぼうの間、所謂意足りて筆及ばざるを憾むのである。 樂天記
「楽天全集第一巻 明治大正昭和社會漫畫集」
昭和六年一月十五日 發行
発行所 アトリエ社
当初「楽天全集」は十二巻発行する予定であったが、実際に発行されたのは全七巻である。その七巻は、
一、明治大正昭和社會漫畫集
二、世態人情風俗漫畫集
三、金言警句川柳漫畫集
五、世界外交戦争漫畫集
六、凸茶目漫畫集
七、ブルプロ漫畫集
九、女百態エログロ漫畫集
以上である。
尚、四、八、十、十一、十二巻は諸般の事情により発刊中止されたかと思う。
誠に残念である。