美瑛町・全休寺大法要
北海道上川郡美瑛町旭町にある曹洞宗「全休寺」では、平成28年10月15日~16日の両日、大本山永平寺副貫首・札幌中央寺住職・南澤道人老宗師の御親修のもと、全休寺四世中興大器全伸大和尚本葬儀、並びに五世再会結制の大法要が厳修された。
昨年遷化された全休寺四世中興大器全伸大和尚の葬儀は(昨年は本堂建築中にて密葬で執行)、この度全休寺新本堂が無事建立され大伽藍が完成した為、改めて一周忌を兼ねた本葬儀が大本山永平寺副貫首南澤道人老宗師を秉炬師として五佛事の盛儀を以て厳かに執り行なわれた。
さらに五世中村全亨(ぜんこう)・現住職の再会結制法要も、永平寺副貫首南澤道人老宗師を西堂に、長男・中村圭秀(けいしゅう)上座を首座に厳修された。
総随喜御寺院、八十五名余という盛大な法要であった。
このほど建立された新本堂は総木造りで、太い丸柱、大きな虹梁(こうりょう)など欅(けやき)が至る所に使われており、実に見事な法堂である。
【全休寺】 略沿革
大正7年、中村喆禅(てつぜん)師、美瑛開教と本堂建立を決意する。
大正9年8月、美瑛に曹洞宗禅寺創立事務所の看板を掲げる。
大正10年、寺院建立予定の境内地として一反一畝を買い付ける。
大正12年5月、本堂棟上げする。
大正14年12月、庫裡を落成する。
美瑛には既に臨済宗(禅宗)の寺院があり、曹洞宗(禅宗)の教線を拡げるのに大変な苦労の連続であり、「喰うや喰わず」ではなく「喰わずや喰わず」の毎日であったいう。
昭和8年、「全休寺」の寺号公称する。
昭和40年、中村全伸師、開創中村喆禅師より住職を引き継ぐ。
昭和43年、多目的に利用出来る二階建ての本堂を建立する。
昭和44年、開創五十周年、晋山結制を修行する。
昭和47年、庫裡を再建する。
昭和62年、檀信徒大広間、葬儀会場、納骨堂の二階建て「大充閣」を建立する。
平成7年6月24日~25日、開創七十五周年に当たり、大本山永平寺七十八世宮崎奕保禅師御親修の大法要を厳修し、四世中村全伸師退董式、五世中村全亨師晋山結制を合わせて修行する。
平成13年、「三心台」を建てる。
平成18年3月、地蔵堂を総檜で再建する。
平成26年、納骨堂、檀信徒葬儀会場、「大充閣」再建・新築工事。
尚、全休寺開山として大休寺七世無著寬量大和尚を拝請していることにより、旭川市大休寺を本寺としている。