私には二人の姉がいる。
幼き頃、姉達がこの「かなりや」の歌を歌っていたとき、なんと残酷な歌だろうと思った。
歌を忘れたくらいで、何故、山に棄てられたり、藪に埋められたり、鞭で打たれたりされるのだろうか。
実行はしないにしても、そういう仕打ちを思い浮かべること自体とても恐ろしいことだと、幼い私は震えながら聞いたのである。
その後、学芸会や、少年少女の合唱でも、この「かなりや」を何度か聞いたが、どうしてこの歌を笑みを浮かべながら歌うことが出来るのだろうかと不思議に思っていた。
今、この「かなりや」の歌の解説や、西條八十の書を読んで、はじめてこの歌の意味がわかった。
かなりや 西條八十(一)
唄(うた)を忘れた金絲雀(かなりや)は
後(うしろ)の山に棄(す)てましょか。
いえいえそれはなりませぬ。
唄を忘れた金絲雀(かなりや)は
背戸(せと)の小藪(こやぶ)に埋(う)めましょか。
いえいえそれはなりませぬ。
唄を忘れた金絲雀は
柳(やなぎ)の鞭(むち)でぶちましょか。
いえいえそれは
かわいそう。
唄を忘れた金絲雀は
象牙(ざうげ)の船に銀の櫂(かい)
月夜(つきよ)の海に浮(うか)べれば
忘れた唄をおもひだす。
「かなりや」 西條八十
歌を忘れたかなりやについて西條先生がこんなやさしいお話をかいて下さいました。このお話をよむとはじめてこの有名な童謡の氣持がわかります。
きれいな聲で、毎日歌つてゐた籠のかなりやが啼かなくなりました。
一週間待つてゐても啼かないのです。一月待つてゐても啼かないのです。
「お母さん、どうしませう。」
子供たちは、籠の前にすわつて相談をはじめました。
籠をのぞいてみると、可愛いい桃いろのくちばし、淡黄いろの羽根、かなりやは淋しさうにとまり木にとまつてゐます。
かはいさうなかなりやは、自分でも歌がうたいたいのです。忘れた、昔の歌をおもひだしたいのです。だがどうしてものどに出てこないらしいのです。
「お母さん、こんな歌はない鳥、棄てちやいましようか。」
ひとりの子供がいひました。
「埋めちやいませうか。」
もうひとりの子供がいひました。
「むちでぶつてやりませうか。さうすれば想ひだして歌ふかも知れない。」
と、もうひとりの子供がいひました。
けれど、だまつてヂッと、いぢらしさうに籠のかなりやを見つめてゐたお母さまは、静かにいひました。
「人間でも、鳥でも、獣でも誰にでも仕事のできないときがあります。かういふとき、わたしたちはそれを大目に見てやらなければいけません。ほかの人たちには、なまけてゐるやうに見えてもその當人は、なにかほかの人にわからないことで苦しんでゐるのかも知れません。たとへば、このかなりやも、このあいだまで歌つてゐた歌よりも、もつといい歌を美しい聲でこれからうたいださうとして、いま苦しんでゐるのかも知れません。ね、だから、みんなで、いぢめずに氣を永くして待つてやりませう。」
かういつて、或る月のいい夜、お母さんはそのかなりやを、やさしく、きれいな船にのせて海にうかべてやりました。
静かな世界に置かれて、すがすがしい氣分のなかで、かなりやははつきり昔の歌をおもひだしました。さうして、まへよりもずつと美しい聲でうたひだしました。
みなさん、ほんたうになやんでゐる者に同情してやりませう。
童謡『かなりや』について 成田為三
この曲についてお話をしようとすると、私はきつと、思い出すことがあります。
これは、童謡のおこりはじめについてです。
童謡がはじめて日本に生れでたころのことです。
今から十七年前に、「赤い鳥」といふ雑誌が發行されました。
兒童の方々に讀んでいただヾくための雑誌で、童謡などがたくさん載つてゐました。
赤い鳥に關係した方々は、よいうた (即ち、氣品があつて面白く、活潑でしかも可愛いくその上有益なうた) を、子供たちに捧げたいと考へ、そのうたを童謡といふ名をつけたのであります。
(それ以前には童謡といふものはありませんでした。)
そして最初に赤い鳥に載せたのが、この「かなりや」だつたのです。
だから「かなりや」は、日本で、一番先きに生まれた童謡です。
そしてこれが抑々日本に於ける童謡の起りはじめだといつてよいと思ひます。
次に、この曲を作つた時の氣持をお話しませう。
この曲は二つの部分にわかれてゐます。
前の部分は、「かなりや」が唄を忘れたからといふので、たしなめられるところです。
そこには、小藪に埋めるとか、柳のむちでぶつとかの歌詞があります。
もし本當に柳のむちを持つて來られたらば、「かなりや」は鳴かずに、涙をポロポロ流して泣きだすでせう。
それで歌詞の強い氣分を曲を柔げたいと思ひ、この部分は、おだやかに、ゆるやかにそして静かに作りました。
後の部分は、忘れた歌をおもひだす美しい場面ですから賑やかにしました。
ワルツかミヌエツトの様な舞踏曲をおもひだすやうに、前半とは拍子を替へて三拍子に致しました。
「月夜の海に浮べれば」の「ばアーーー」を高いところに持つて行き且つ特に長くしましたのは、お月様にまで聞えるやうな大きいきれいな聲で歌つていただきたいからです。
そうしますと、お月様は「あヽいい聲だ、あなたはきつと立派な聲楽家になります」とお褒めになるでせう。
(「日本童謡全集 ①」昭和12年4月20日、株式会社日本蓄音器商会:発行より)
「かなりあ・西條八十(二)」に続く。